FIXPENCIL の最近の廃番・マイナーチェンジについて

概要

都内だと,管見のかぎりでは伊東屋くらいにしか店頭在庫のなかった*1超マイナー芯ホルダーこと Caran D'ache の FIXPENCIL だが,軸径の変更など,大幅な変更があったようなので記しておく.

FIXPENCILとは

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Caran D'ache 社のWebサイトによれば, FIXPENCIL の歴史は1929年にさかのぼる.以来,デザインは変遷を経ているものの,六角形の金属軸をもつクラッチ式芯ホルダーという基本形式は変わらないまま今日まで生産が続けられている.銀座にある Caran D'ache のブティックの2階には,古い型の FIXPENCIL が展示されている.

1本あたり2000円強とやや割高ではあるが,キャップを除く全ての部品が金属製でありながら,軽さ・剛性感を両立した設計である.そのデザインの完成度を称え, SWISS POST により切手の図柄に採用されたこともある.

なお,大変どうでもよいことだが,青いキャップのものがスイス出身の建築家 Peter Zumthor のアトリエを撮影した写真に写り込んでいる*2

注意

筆者は日本の正規ルートで売られている製品しか買ったことがないので,ここで書いているマイナーチェンジが海外では先行していた可能性も否定できない.詳しい方がおられたらぜひ情報をお寄せいただきたい.

廃番品

FIXPENCIL 77

標準の FIXPENCIL 22 や FIXPENCIL 3 よりも 21 mm ほど長い製品.クリップを外したものを数本用意して硬度ごとに使い分けていたのだが,最早入手がかなわなくなってしまった.息の長い製品であっただけに,寂しいことである.

海外のWebショップには一部まだ在庫が残っているようなので取寄せることもできるのだが,後述のように最近の製品では軸径の変更が行われているようなので躊躇している.

マイナーチェンジ

FIXPENCIL 3, FIXPENCIL 22

軸径の変更・見分け方

店頭には軸径の0.5mmほど*3太いもの(写真奥)が並んでいることがある.同社849同様に,クリップの付け根に孔があるものであれば新型であろうと思われる.

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軸先端の滑り止め塗装

軸先端に滑り止め塗装を施したものを扱うようになった.もっともこれは,以前から海外では普通に売られていた種類のものでもある.

備考

1. クリップの形状について

銀座にある Caran D'ache ブティック店員の方によれば,最近 Caran D'ache 社のオフィスライン・エクリドールはクリップの形状を変更しているとのことであった.上記写真奥にある,やや隆起の大きいものが新型である.

2. FIXPENCIL 100周年記念エディションについて

FIXPENCIL 100周年記念エディションでは,旧型の素体をアルミボディの梨地仕上げにして用いている.

結論

(壊れやすいものではないが)旧型を買いだめするなら今のうちだし,いままで使ったことがなくてこれから買ってみようと思うなら,銀座へ行って Caran D'ache のブティックで新型を買うほうがよいように思われる.なお,Caran D'ache のブティックは伊東屋系列なので,メルシーカードが使える.

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*1:以前はお茶の水のレモン画翠にも店頭在庫が若干あった.また,いくつかの画材店では取寄せてくれるところもある

*2:Durisch, T. (2015). Peter Zumthor: Buildings and projects (Vol. 3, p. 45). Scheidegger & Spiess.

*3:ノギスを用いて正確に計測したわけではない

オリンピックエンブレムに関するツイナビの記事を批判する

概要

本稿では,ツイナビが執筆・掲載した記事「デザイナーの『ごまかし』 本当に「五輪とリエージュのロゴは似てない」か?」の問題点について,ベルギーの劇場「Théâtre de Liège」のロゴ作者である Studio Debie が掲載している資料を中心に考察を行う.

筆者が考える当該記事の問題点は,以下の2点である.

  1. ツイナビの記事では,Théâtre de Liège のロゴがステンシル系の書体に由来するように見えるのは,単に装飾的理由によるものとしている.しかし,Studio Debie のWebページに掲載されている資料によれば,深津氏の指摘のとおり「ステンシル書体の作法」に従ったものである(文字を切り抜いた際の強度が考慮されている)と考えるほうが合理的である.
  2. 深津氏のいう「ステンシル系の書体」という概念を,Stencilという特定のフォント固有の欠点に置き換えて論じている.

以下,各問題点について個別に詳細を示す.

1. Théâtre de Liège のロゴとステンシル風セリフ体の関係

本節で問題とする記述

まず,ツイナビの当該記事における記述を以下引用する.

ステンシル書体には、記事の例の他にも五輪ロゴがモチーフにしたと言われているローマン体をステンシル・テンプレート用にデザインした物が多くあります。

(引用画像略)

上もその一例ですが、この「T」には記事が指摘するような「分割(縦線の脇のすき間)」はありません。なぜなら「T」には「完全に閉じた部分」がないので必ずしも隙間を作る必要がないからです。
Tに隙間を作るのは(テンプレートの丈夫さを高める、という実用的な理由がなければ)一般的なデザインにおける、装飾的意図によるものです。

http://twinavi.jp/topics/news/55ed5ffc-0a30-4ffc-a057-3b8eac133a21

Thêátre de Liège のロゴにおけるエレメント間の隙間は「装飾的意図による」ものであって,深津氏のいう「ステンシル書体の作法」ではない,とする指摘である.

しかるに,Studio Debie(ロゴの作者)のWebページに掲載されている展開例によれば,このTの隙間は装飾的意図のみによるものではなく,あきらかに機能的要請にしたがった結果であるとするのが妥当であると考えられる.

切り抜きに対する機能的要請

この2枚の画像はStudio Debie の Web ページから引用したものである.フランス語なので,筆者による仮訳を付した.

レーザーで切り抜かれたピクトグラム

管理書類,宣伝材料,高級な紙*1では,T/Lによって構成されたピクトグラムを点線に沿ってレーザーカットすることが可能である.

(筆者による仮訳.原文は当該Web ページの画像

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さて,ここでもう一度ツイナビの記述に戻ってみよう(強調筆者).

なぜなら「T」には「完全に閉じた部分」がないので必ずしも隙間を作る必要がないからです。

Tに隙間を作るのは(テンプレートの丈夫さを高める、という実用的な理由がなければ)一般的なデザインにおける、装飾的意図によるものです。

http://twinavi.jp/topics/news/55ed5ffc-0a30-4ffc-a057-3b8eac133a21

たしかに,ステンシル技法に用いるテンプレートを作るだけならば,Tの隙間は必要のないものである.しかし,しばしば他の書類と擦れるなど,乱暴な扱いをされがちな管理書類,宣伝材料,名刺となると話は別である.

横エレメントを含めて切り抜く(Tの隙間を埋める)と,突出した部分が鞄の中で折れてしまう(図右).デザインの過程ではこれを嫌ってTの隙間を埋めなかった(図左)というのは妥当な推論であろう.

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この節の結論

ツイナビの記事における記述は,ロゴ作者のWebページにおける記述と矛盾している.

2. 「ステンシル系の書体」と Stencil の関係について

本節で問題とする記述

例によって,ツイナビの当該記事における記述を以下引用する(強調筆者).

記事にある「リエージュロゴの想定されるプロセス」という説明図版(下)は、こうしたデザインにおける論理や手法を隠して、あたかも「パソコン用のステンシル書体リエージュロゴの出発点にある」と読者を錯覚させるための、意図的な誘導に思われます。
(引用図版略)
最終的にモダンな造形をイメージしているデザイナーが、図で使用されているような無粋なフォントを用いようとまさか考えないだろうことは、デザイナーが一番よく知っているはずです。

http://twinavi.jp/topics/news/55ed5ffc-0a30-4ffc-a057-3b8eac133a21

ここでいう「パソコン用のステンシル書体」は,「図で使用されているような無粋なフォント」(Stencilフォント(固有名詞))に相当すると解釈できる.

これは,前半では「錯覚」「意図的な誘導」という語を用いて「パソコン用のステンシル書体」を否定し,後半では「図で使用されているような無粋なフォント」というフレーズにより,Stencilフォントを否定的ニュアンスで指し示していることによる.

「ステンシル書体」という曖昧な語法

さて,ツイナビの当該記事では,「ステンシル書体」の例として,Stencilフォントともに,既存のフォントをステンシル・テンプレート化したものを示している.

ステンシル書体には、記事の例の他にも五輪ロゴがモチーフにしたと言われているローマン体をステンシル・テンプレート用にデザインした物が多くあります。

http://twinavi.jp/topics/news/55ed5ffc-0a30-4ffc-a057-3b8eac133a21

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さて,本稿では,これだけでは不十分で読者の誤解を招く可能性があると感じたため,事例をひとつ追加することにした. Linotype から発売されている Iwan Stencil という書体である.

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いかがだろうか.深津氏の図中のフォントをこの Iwan Stencil で置き換えた場合,ツイナビの記事にある「図で使用されているような無粋なフォントを用いようとまさか考えないだろうことは、デザイナーが一番よく知っているはずです」という記述は,もはや説得力を失うといってよい.

この節の結論

ツイナビの当該記事において,ステンシル書体という語の用法が混乱している.深津氏が例示として用いただけの書体がいつのまにか「無粋なフォント」として,デザイナがそのフォントを用いたとは考えられない,という批判がなされた.

しかし,これは例示に用いる書体を入れ替えれば解決する問題であり,しかも引用されている図を作ったのはロゴの作者でなくて深津氏なのだから,この批判は失当である.

結論

以上示したように,ツイナビの当該記事における論理展開には,大きな問題があると考えられる.したがって,この記事の内容をもって深津氏はじめデザイナーを『ごまかし』の主体として批判することは失当である.

付記

当該記事後半部分でも触れられている扇や桜のエンブレムについては,稿を改めて論ずることにする.

だいぶ今更感があるので,主張の要点(価値判断を含む)を付記しておく.桜は春のものであって,それを盛夏のオリンピックに用いることは季節外れもはなはだしい.

扇については,季節感という点において桜よりはかなりましだと考えている.しかし,「古くから応援するときの道具として使われてきた」ものをエンブレムにするということは,エンブレムの表すものが「オリンピックを応援するわれわれ」であるということであり,選手はどこへいってしまったのだろうか?

*1:名刺やレターヘッドの類を指す